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1ファンが勝手に語る伊東たけしサックスセッティング遍歴 その3

2017/ 02/ 05
                 
フルクラです。引き続き伊東たけし氏のセッティングについて語っていきます。

前回、ソロ活動を10年間したあとひょんなことからスクエアに復帰した伊東氏。
セッティング的にはリガチャーこそ変わったものの、
SA80GPを長らく使っていました。

バンドレンオプティマム使ってた時の映像。
1980年代に比べて音に深みが増してる気がします。

2000~2002はユニット期として、伊東たけし氏、安藤まさひろ氏の
二人で活動し、サポートメンバーとしてかつてのスクエアメンバーが
駆け付けたことがあったものの、基本的に固定メンバーは二人でした。
ですが2003年,T-SQUAREが25周年を迎えたことをふまえ、
かつてTHE SQUAREとして活動したメンバーと1年限定で活動します。
メンバーはアルバムTRUTH~NATURALまでに活動していた5人。
+サポートとして2000年からキーボードとして共に演奏していた
河野啓三氏が加わりました。(キーボードの和泉氏がピアノのみで参加するため)

そして期間限定メンバーでの活動の一環として、
新規アルバム「Spirits」の作成、
同世代のクロスオーバー、フュージョン界のライバルにして
共に界隈をけん引してきたバンド、Casiopeaとの共演が実演します。

この時、基本的なセッティングはそのままに、サックスのネックを
変えたようです。
ですので

本体...A.Selmer SA80GP(ネックH.Selmer SA80用GP)
マウスピース...デュコフD8(初期)
リガチャー...ハリソンハーツ(オリジナル?)
リード...バンドレンV16(特注)orバンドレンZZ(?)

映像を見る限りだと、ネックのみ金の色味が違うのと、
彫刻が入っています。(フロントのエンブレムも今までと違い青が入ってます)
このことから恐らくノナカ直営のセルマージャパンのアクタスにて
制作されているブルーローズのSA80用GPの可能性が
高いです。オクターブ付近の留め金があることから、
過去に予備として購入していたものではないでしょうか。
(2000年前半には本国セルマーのSA80Ⅱのネックに留め金は存在しない)
現在はジュビリーでネック形状も変わったので、
同仕様のネックは中古でしか手に入りません。

いくらアメセルではないネックとはいえ、純正のしかもアクタスの
金メッキですから、仕様的に正直そこまで差はないでしょう。
音色の傾向的には、SA80の純正よりか華やかで明るい音がしますね。
私のマイ楽器のSA80Ⅱ(通称ヤミちゃん)もこれと同仕様のネックですが、
非常にパワーが入り、程よく抵抗も増えるためネックだけとはいえ
侮れないと思います。

伊東氏は以前とある番組で、「(ネックを指して)これは随分変えますよね」
と言っていることから、それを実践したのだと思います。
理由としては、この時期に実はSA80GPが楽器的に「抜けて」しまったため
伊東氏が思った通りの反応をしなくなったと言われています。
(楽器において「抜ける」とは形成する金属が振動することで
抵抗感や音の角がとれることを指します。
身もふたもないことを言うと金属疲労するわけですね。
世間一般のヴィンテージ楽器とはこの状態のことが多く、
それを好んで愛用する人が多いというわけです。)

元々伊東氏はパワー系の奏者であり、抵抗が多い楽器を好んだそうです。
GPはネックだけでも結構息に対しての抵抗が増えるので、
本体まるごとだと更に当然強い抵抗になります。
更に伊東氏所持のSA80GPは銀メッキ下地の金メッキといわばメッキが
二重になっており、メッキの厚さに比例して抵抗は上がりますから、
当然パワーも必要になり「抜ける」ようにするのもかなり大変です。

つまり、そんなSA80GPを「抜いて」しまうほど吹き切った伊東氏の
パワーがすごいわけですねw
その抜いてしまった抵抗感を取り戻すための措置の一つだったのでしょう。

リードについては、以前どこかでこの時期伊東氏がZZを使っていたという
情報を聞いたためです。バンドレンZZはラボズによく似た性質のリードですが、
使っている葦の違いかよりしっとりとした音がするリードです。
元々ラボズを使っていた人ですから、一時期使ったとしてもなんら不思議では
ないですね。

この時期の伊東氏はスランプを脱し、かなりいい調子に見えます。
ファンの間でもこの時の伊東氏は特別と言う方も少なくはありませんね。


前述のCasiopeaとのライブ。最後のASAYAKEソロがしびれます。

とまあそんな感じでSA80GPを約20年ほど吹いてきた伊東氏ですが、
ネックを変えても満足できなかったようで、
ついに楽器を変えることを決意したようです。

そして数々の名演奏を打ち立てた名器SA80GPの後継として
選ばれた楽器がこれです。



分かりますでしょうか、今までと違い銀色に光る楽器、
そうです、後釜に選んだのはなんと総銀製のセルマー
セルマーシリーズ3スターリングシルバーだったのです。
使用期間はジュビリー除いてまずは2004~2008。
セッティングとしては

本体...H.Selmer Serie3 Sterling Silver
マウスピース...デュコフD8(D5?)
リガチャー...ハリソンハーツ(オリジナル?)
リード...バンドレン V16(特注)

ちなみにスターリングシルバーとは銀の含有率92.5%以上の銀のこと、
銀だけだと素材的に柔らかすぎて加工しにくいため、銅などをあえて
足すことで強度を確保するのです。
かつて総銀製サックスといいえば古くはキングスーパー20や
日本ではヤナギサワが以前より総銀製サックスというのを作ってきましたが、
セルマーが総銀製サックスを作るのはこれが初。
まさに既存の枠に留まらないという意思の表れでしょうか。
(偶然にも、かつて同じSA80GPを導入した渡辺貞夫氏もこの時期同じ
シリーズ3SSにかえています)

サウンドですがSA80GPと違いまとまっていてかつ音が丸い、というか
ゴムのように弾力をともなった感じに聴こえます。
(貞夫氏をして音がキャリーする感じ)
シリーズ3は元々SA80系と比べてパキッとしたキャラクターの
楽器ですが、総銀という素材の影響か、まったくそう聴こえません。

この時期この楽器を馴染ませるためにデュコフD5を使用したという噂があります。
たしかにライブ映像を見るといつもより負担が少なそう・・・?
ですが総銀は通常楽器に用いられる真鍮(ブラス)に比べて非常に吹奏感が重いです。
素材自体が重いためで、実際本体そのものがそうとうの重量を持っています。
まず素人は鳴らすのに苦労する上、性質の違いでニュアンスとかも相当苦労する
でしょうから、間違いなく上級者向けの楽器です。(お値段も上級者向け)

楽器を変えたタイミングと関係あるかは不明ですが2005年にスクエアは
これまでのユニットから新たに坂東慧氏、そして河野啓三氏を正式メンバーに加え
バンドとして再び活動を始めます。
(このライブツアーで参加した田中晋吾氏も未だサポート扱いですが、現在の主要
メンバーとして活動している)
ここから、2017年現在まで続くメンバーになったわけです。
ちなみに歴代でも最も長い滞在メンバーです。

若い風が入ったことで若さを取り戻したかのような伊東氏。
その後もコンスタントに活動を続け、2008年にはT-SQUARE Super Band
として過去のメンバーも交えてアルバム制作、ツアーをします。
そのときにリガチャーをセルマー純正の(恐らく)GPに変えています。
手法としてバンドレンオプティマムと同様、ソプラノ用を転用しています。
 
ニコニコにしかその映像がありませんでした。しかしどちらも
いい音色だ・・・

本体...H.Selmer Serie3 Sterling Silver
マウスピース...デュコフD8
リガチャー...セルマー新純正(GP?)
リード...バンドレン V16(特注)

セルマーのリガチャーは元々オーソドックス(今では逆に貴重)な
下締め二本ネジでしたが、今は上締め一本ネジのものに
仕様変更されています。
余談ですが、旧セルマーが下締めだった影響か新仕様になっても
未だネジを下につけて使っている人がいるようです。
普通にはめると新リガチャーはリードに接する面に角度がついているので
そのままだと100%チガチャーのパワーを発揮できません。
あえて下締めにしていない限りは、素直にネジを上にして使いましょう。

で、話は戻りますがこの年2008年にはT-SQUAREも30周年ということで
これまでの歴代メンバーを出来るだけ集めてコンサートをしようということで
T-SQUARE 30周年野音であそぶが開催されました。
そのときから伊東氏はこれまでのデュコフをベースにSAXZによって制作された
総銀製マウスピース、伊東たけしシグネチャーモデルを使い始めます。

本体...H.Selmer Serie3 Sterling Silver
マウスピース...SAXZ 伊東たけしシグネチャー
リガチャー...伊東たけしシグネチャー純正
リード...バンドレン V16(特注)

サウンドとしては総銀製なだけあって非常にふくよかでかつ上品なサウンドです。
デュコフよりももちっとした音な気がします。
何より純正リガチャーも総銀ですから、そのサウンドの一体感は最たるものでしょう。
見た目もかなり特徴的です。


デュコフに比べて音が「重い」印象がありますね。

さて、その後もスクエアとしての活動を続けていましたが、
ここで2010年にセルマーが125周年記念として現行機種のマイナーチェンジを
行いました。そうです、今のジュビリーとはこの時になったわけです。
ジュビリーの特徴として
部品各部を薄くすることによって吹奏感を軽く。
彫刻を従来の手掘りからレーザー彫刻へ。
SA80Ⅱとシリーズ3のパーツ一部共通化。
と多くの部分で改悪改変されたのですね。

まあ背景として、セルマーは2000年代前半に大規模なストライキが
発生し、これまで作っていた職人が辞めた影響で
手彫り彫刻の簡略化など、至るとこで影響が出始めてました。
そこでパーツを共通化、かつ工法を機械化することで、
職人の負担軽減とバリエーションの多さを両立しようと
したわけですね。
現に最近ではシリーズ2,3,リファレンスに加えて廉価版である
アクソスを出していますから、一定の効果は出ていると思われます。

元々旧仕様のシリーズ3SSはフラジオにおいて難があったらしく、
2008年ツアーの映像でもフラジオを吹こうとして失敗している
伊東氏を見ることができます。

それを知ってか知らずか、はたまたセルマーからテストとしてもらったか
シリーズ3もジュビリーになります。使用期間は2010(2009?)~現在

本体...H.Selmer Serie3 Sterling Silver Jubille
マウスピース...SAXZ 伊東たけしシグネチャー
リガチャー...伊東たけしシグネチャー純正
リード...バンドレン V16(特注)

旧シリーズ3SSは素材のせいか彫刻が入ってませんでしたが、
ジュビリーはレーザー彫刻になったおかげか彫刻が入っています。
サウンドとしては管体軽量化の影響かより角が立ったエッジーな音
がするように感じます。ですが元々の素材が総銀なのでそこまで
薄い音だとは思いません。
ブラス製はどうなのでしょう・・・

フラジオもジュビリーになってから当てやすくなったようで、
フレージングもかなり変化していますね。

ちなみに楽器が変わった時期ですが、
この時期は映像がほとんどなく推測するしかありません。
ですが渡辺貞夫氏が2009年ごろジュビリー仕様のシリーズ3SSを
購入したらしく、恐らく伊東氏も同じタイミングで購入した可能性が
あります。
(セルマー本社から市販に先駆けて支給された可能性があります)
一時期伊東氏は旧ネックと新ネックを取り換えていた時期があったみたいです。

さて、話は飛びますが2013年、先ほどの30周年と同様、
今度は35周年記念として歴代メンバーが再集結しました。
この時のセッティングですが、
なんとSAXZの伊東シグネチャーではなく、普通のデュコフに戻っています。
ですので

本体...H.Selmer Serie3 Sterling Silver Jubille
マウスピース...デュコフD8
リガチャー...ハリソンハーツ(オリジナル?)
リード...バンドレン V16(特注)

といつものセッティングに戻ってしまいました。
理由ですが、総銀製の音は聴いても分かる通り、非常に特徴的です。
ですが総銀の特徴として音が「重すぎる」きらいがあり、
通常総銀製のものはワンポイントで使うのが一般的です。
(リガチャーだけとか、マウスピースだけとか)
伊東氏の前述のセッティングはすべて総銀ですから、
音も重いですがなにより吹く時の負担も半端じゃないはずです。
そのことを踏まえた上での対応だったのではないでしょうか。

ちなみに、現在SAXZで伊東たけしシグネチャーは作ってないみたいですね。
まあ本人が使ってませんからね・・・


35周年時の映像。いつものセッティングですね。

さて、今回はここまでです。
次回はいよいよ完結です。
2014年頃から現在のセッティングを順番に説明していきます。

しかし、こうみるとセッティング一つで同じ人でも結構
音が変わってますね。
普段は気にしてなくても、ふとした所を変えるだけでも
かなり自分にいい効果を見込めることがあります。
今までセッティング気にしたことないわー
って人も一度見直してみると後でいいことがあるかもしれません。

ではではまた次回。
                 
        

1ファンが勝手に語る伊東たけしサックスセッティング遍歴 その2

2017/ 02/ 03
                 
どうもフルクラです。
今回も前回の続きとして、伊東たけし氏のセッティングを
一個人の勝手な意見で語りたいと思います。

前回、マーク6からSA80に変わった話をしましたが、
それと同時期に実はリードも変わりました。

本体...A.Selmer SA80GP
マウスピース...デュコフD8(初期)
リガチャー...ハリソンハーツオリジナルGP
リード...バンドレンV16 2 1/2(?)特注

リードがラボズからバンドレンのV16になりました。
なんでもラボズの葦の生育が悪く、イイリードがなかったためだそうです。
V16の最後のハテナは、サンボーンがたしか2 1/2ため合わせましたが、
いまいち確証が持てないのでハテナにしておきます。
このころからバンドレンとエンドースしたのか特注で専用のを
作ってもらってるそうです。

ラボズとV16のサウンドの違いですが、
ラボズが広くバリバリと鳴るのに対して、V16は一本の芯を持ちその周辺が鳴る
感じになります。レンジでいうとラボズのがいいですが、
音の伝達性、存在感はV16と言ったところでしょうか。
SA80GPが結構似たキャラクターなので、V16になってから更にパワフルで
ゴツい音色になりましたね。(伊東さんも並行してガチムチに...w)
T-SQUAREのアルバムで言うとWAVE,NATURALがこのセッティングですね。


上記のセッティング。1989年。曲は伊東時代の難関曲Big City

ここらへんで時代はまさにT-SQUARE=伊東たけしの図式が成り立った感じ
でした。このまま順風満帆に...
とはいきませんでした。

ここでまさかの伊東たけし氏、スクエアを脱退してしまうのです。

1990年の話です。
実はかねてから海外進出をしたいと思っていた伊東氏。
その思いはスクエア所属時に出していたソロアルバムに如実に出ていました。
特にちょうどこの時期出していたソロアルバム「T.K.」では
なんと大半が英語のボーカル曲と、もう海外に出たくて仕方がない感じ
でした。
ちなみにスクエア脱退をリーダーである安藤まさひろ氏に
まさかの蕎麦屋で告白したそうですが、
返事は意外にもあっさりしたものだったらしく、
「俺のことそんなに思ってないのか・・・」
とすこしがっかりしたそうです。

とはいえ、これまでスクエアでフロントを張っていた伊東氏の脱退は
ファンにとてつもないショックを与えたのは言うまでもありません。


で、ついにソロとして活動を始めた伊東氏。
まるで過去を拭い去るように楽器のセッティングを一新してしまいます。
それが以下のセッティング。
アルバムとしてはVISIONS,T.K.LA,GROOVE ISLAND(?)

本体...A.Selmer Mark6(シリアル14万台)
マウスピース...デュコフD8(初期、ジョン・パーセル氏チューン)
リガチャー...ハリソンハーツオリジナルGP
リード...バンドレンV16特注

まわりにまわって戻った感のあるMark6。ですが前回のMark6とは
違い、映像を見る限り通常のラッカーのようですね。
シリアルをあえて書いたのは知る人ぞ知るものだから。
というのも、アメセルマーク6のシリアル14万台は
デイヴィッド・サンボーンナンバーと呼ばれる名器とされており、
サンボーンが使い始めてから一躍ジャズ界で人気となった機種です。
なんでも音の傾向が最も優れているとか操作性が最高だとか・・・
現在はヴィンテージ楽器の中でも最も高値で取引されており、
状態によっては200万とかいうのもあります。

更にマウスピースの欄の名前、ジョンパーセル氏。
この方は90年代よりサンボーンの楽器のメンテ全般をしている方らしく、
サンボーンのデュコフの調整もしている方ですね。
この方のデュコフ、そしてサンボーンナンバー14万台のアメセルマーク6...
確実にサンボーンを意識したセッティングといえるでしょう。
まるで己の海外進出を形にしたような意欲を感じます。

現にこのころ出たソロアルバムも非常に都会的で、いかにもNY,LA的な雰囲気を
感じます。(スクエア時代とは雰囲気がまったく違います)
というかT.K.LAとかほぼそのままですねw
伊東たけし氏のソロ時代のアルバムはとてもいいアルバムばかりで、
なおかつバラエティに富んだラインナップなのですが、
惜しむべきは現在すべてが廃盤であるという事。
(レーベルの関係でしょうか)
ブックオフとかでたまーに売ってますので、見つけたらぜひ買ってください。
非常にいいですよ。


この時期にはサンボーンの曲をアレンジして吹いていたようで、
バックのメンバーもかつてサンボーンと共にした人たちで構成していた
時期もあります。


サンボーンの曲であるTinTin、バックも非常に豪華。
このテイクを聴くとほとんどサンボーンに聴こえますね。


このセッティングは脱退直後の1991年から1993~1994年まで使われ、
その後色々思うところがあったのか1995年には
下記のスクエア脱退前のセッティングに戻ります。
(伊東氏は雑誌のインタビューで「ヴィンテージはその時代の音が出るけど、
却ってそれに支配されてしまう気がした。」と言っていたので、そのためかも)
この時期のアルバムはT.K.COVERS,T.K.BREEZE,SCARE HEADLINE,
LOVE,Double Circle

本体...A.Selmer SA80GP
マウスピース...デュコフD8(初期)
リガチャー...ハリソンハーツオリジナルGP
リード...バンドレンV16 特注

1995年から2000年まで、ほとんどこのセッティングだったようです。
余談ですが、この時期はスキー場とかでスキーウェアを着ながら演奏してる
映像もあり、見てて寒そうなのとマウスピース周りがくっつきそうで恐ろしいです。


この時期は映像自体が希少ですね。ネット時代ありがたや。


順調にソロ活動を重ねていた伊東氏ですが、
スクエアと完全に関係を断っていたかというと、実はそうでもなく
1993年にライブで、更に前述のT.K.BREEZEにて安藤氏と仕事を
していますね。
そして1998年、スクエアファンにとっては伝説の野音で遊ぶ98で
久しぶりにスクエアとして復帰しています。
同時期にはT-SQUAREのアルバムGravityのボーナストラックで
かつてのメンバー同様、レコーディングにも参加してました。

そして新世紀である21世紀が始まった2001年(決してエヴァではない)
伊東氏にとってまた転機が訪れます。

なんと偶然犬の散歩中の安藤まさひろ氏と会う。
そしてその流れでスクエア復帰!(?)

まさかの復帰です。
ちなみに上以外にもいろいろあったとは思います。

というのも、ここで少し伊東氏が抜けた後のスクエアの話を。
伊東氏脱退後、スクエアの新フロントマンとして
本田雅人氏が加入しました。
そのテクニカルなサックス、EWI。そして音大主席ならではの
教養も手伝いクラシック、ジャズ問わず様々なジャンルに果敢に
挑戦したスクエアでしたが、
その本田氏とかねてからのヒットメーカーであったキーボードの
和泉宏隆氏が1997年に脱退。
後継としてサックスにEWI界のお兄さんこと宮崎隆睦氏と
キーボードに難波正司氏を迎えますが、一年で難波氏は離脱。
その後新たにキーボードとして松本圭司氏を迎えましたが
路線で相当迷ったようで、2000年頃にはバンドは実質空中分解寸前
だったようです。
発端は安藤まさひろ氏がスクエアを辞めたい旨を伝えたためだそうですが、
その後色々あり、結果としてスクエアは実質解散、
安藤氏が一人になった時に丁度伊東氏と会い、
二人のユニットとしてスクエアの旗揚げとなりました。

で、話は戻りますがその頃の伊東氏セッティングです。

本体...A.Selmer SA80GP
マウスピース...デュコフD8(初期)(デュコフX8)
リガチャー...バンドレンオプティマムソプラノ用
(ハリソン復刻(?),BGソプラノGP(?))
リード...バンドレンV16 特注(ラボズMH(?))

このころはセッティングをジャンルごとに分けていた可能性があります。
でなくても相当迷っていたみたいですね。
デュコフX8とは件のT.K.HomePage曰く
新型デュコフのプロトタイプ。たしかにデュコフは複数の
ラインナップがあり、P8とかラバーのデュコフとか色々ありました。
これもそれのひとつなのでしょうが、そこまで情報が無いあたり
結局プロトタイプのみ制作されその後何らかの理由でおじゃんに。
といったところでしょうか。

ハリソンハーツのオリジナルが丁度このころ廃盤となったようで、
温存を考えてか2001~2002年はバンドレンオプティマムを使うことが
多かったようです。映像でも結構みかけますね。
バンドレンオプティマムにデュコフ用というのは存在しないので、
恐らくソプラノ用を転用していると思われます。
ユニット期のスクエアは伊東氏がスランプになり、映像を見ても本調子で
ない所が散見しますが、音に深みと味が増しており、10年の空白を埋めるかのような
安藤氏とのかけあいが見られるのは非常に見てて楽しいですね。


復帰直後の映像。映像ではハリソンのようですね。

さて、様々な境遇を経て最終的にスクエアに戻ってきた
伊東氏ですが、またセッティングに更なる変化が訪れます。

では、今回はここまで、また次回お会いしましょう。
                 
        

1ファンが勝手に語る伊東たけしサックスセッティング遍歴 その1

2017/ 02/ 01
                 
フルクラです。
ブログを再開したものの毎度のごとくネタがありません。
ですが、この前久しぶりにコメントを頂きまして、これは良い機会だと思いましたので
私がここ数年で色々調べた、私の尊敬する日本のサックス奏者、伊東たけし氏のサックス遍歴に
ついて1ファンとして色々語りたいと思います。

まず伊東たけしとは誰ぞ?という人向けの簡単な説明。
伊東たけし氏は日本のサックス、ウインドシンセ、フルート奏者でして、
現在はT-SQUAREというバンドに所属してます。
T-SQUAREではフロント(歌物だとボーカル)の立ち位置にいまして、
1978年にTHE SQUARE(T-SQUAREの旧名)がデビューした時のオリジナルメンバーです。
(1990~2000までソロ活動のためT-SQUAREを脱退していた)
F1のテーマでお馴染みの「TRUTH」ではメロディ楽器である
リリコン(通称電気笛)を吹いていた人で、
意外な所だとキューピーの3分クッキングのテーマを吹いていたりします。

現在の伊東たけし氏(中央のがたいいい人、もってる白い楽器は電気笛ことEWI1000)

サックスの演奏スタイルとしては非常にパワフルでなおかつ人間味あふれる音です。
かのデヴィッド・サンボーンがスタイルの元となったようで、
セッティングも実は近いです。
フレーズのなかにも時折サンボーンや、
サックスを始めるきっかけとなった渡辺貞夫氏の
要素を見ることができます。
渡辺貞夫氏とは歳をとるごとに見た目も少し似てきており、
伊東たけし氏は貞夫氏のモノマネ
が得意らしいです。

さて、話が少し脱線しましたが今回はサックスの話なので、ここから伊東たけし氏のサックス
のセッティング遍歴について語っていきます。

実はこの話題は本来私が出る幕でもなく、 かつてこのT.K.HomePage!にて
ほぼまとめられているのですが、 
今回はリンク先にない2000年以降の紹介と、個人的に調べた情報に基づき書きます。 
なお、あくまで一個人の予想が大部分ですので、間違っていてもあしからず。
 (楽器のシリアルナンバーとかも分からないので載せません)
 あくまでひとつの参考のつもりですので。そこのところよろしくです。

 ではいきましょう。
まずはデビューからSPORTSまで
本体...A.Selmer Mark6 GP
マウスピース...デュコフD8(初期の鉛入り)
リガチャー...ハリソンハーツオリジナル(GP)
リード...ラボーズMH

伊東たけし氏の初期のセッティングで人によっては今より好きという人も
いるという時代のセッティングです。
ある記事で伊東さんは「高校時代に当時習っていた先生に選定してもらった
マーク6が最初のセルマー」と言っていますが、
それがこのマーク6かどうかは不明です。

この頃はパワーというよりはスマートで小回りとキレがあるサウンドですね。
手数も今より多めで、音色はどことなくマイルドで角が立ってない感じですね。
デュコフの初期モデルというのは鉛がマウスピースの成分として含まれており、
吹くと寿命が縮むとか鉛中毒になるとか言われる曰くつきのものです。
サンボーンをして「命を削って吹くマウスピース」。
ですがそのメロウで味のある音は現行のデュコフには確かに無く、
現在もそこそこの値段で取引されております。
あ、現行デュコフにはもちろん鉛は含まれてないので安心してください。

1984年頃の映像。上記のセッティング・・・のはず。
余談ですがこのころ伊東たけし氏はサントリーホワイトのCMに
出演していました。
この時の肩書は「リリコン奏者」。理由として、サックス奏者だと
同時期に出ていた渡辺貞夫氏とかぶるためだったとか。


貞夫氏の同時期のCMならばコーラかブラバスか・・・


で、しばらくはこのセッティングだったみたいですが、
その後長い間トレードマークともなるSA80と出会います。
使用期間は1985~1990,1995~2003。
本体...A.Selmer Super Action 80 GP
マウスピース...デュコフD8(初期の鉛入り)
リガチャー...ハリソンハーツオリジナル(GP)
リード...ラボーズMH

あれ?SA80にアメセルなんてあったっけ?と疑問に思った方、いい質問です。
たしかにセルマーの一般的認識として、アメセル(フランスの本社から
パーツだけもらいアメリカで組み立てたセルマー楽器の総称、
ジャズ界においてはこちらの方がフランス製より人気)
はマーク7までとなっています。
ですが、ある一部の噂によると、SA80のごく初期にもアメセルが存在したとされています。

そして伊東たけし氏が使用したこのSA80GPは渡辺貞夫氏曰く、
「セルマーでこれまでGPを手掛けていた職人が、歳なので引退すると言って作った最後の2本」
の片割れであります。
この職人が果たしてアメセルを作った職人かどうかは不明確ですが、
これまた貞夫氏は雑誌で「アメセルMark6~SA80のGPはその後のGPとは全然違う」
という趣旨のコメントをしていることから、
暫定的にアメセルとしています。

音質はマーク6よりも芯と太さがあり、
ジャリっとした感じのいかにも伊東たけし氏の
イメージにぴったりな感じで、
現に伊東氏は2004年にシリーズ3スターリングシルバーに
変えるまでずっと使い続けていました。
ちなみにこのSA80、伊東氏が使われた後売りに出されたらしく、
そのお値段なんと150万円!
(だった気がする)。まあ、正直どうなの?とは思いますがきっと地球上のどこかに
そのSA80を持ってる人がいるかと思うとワクワクしますね。

SA80導入初期の映像1987年ぐらい

で、この時期このSA80の陰に隠れていたサックスが実はあるのです。
それがこれ。
本体...H.Selmer SA80Ⅱ GP(初期型シリーズ2)
マウスピース以下同じ

この楽器が使われたのは恐らく1988年のそれもRoxyの頃のみ。
輸入元のノナカかどこかにとりあえず新しいの来たから試さない?的なノリでの
使用だったのか、非常に短期の使用でした。

音質はGPのかけ方(SA80までは下地銀メッキ→金メッキだったのが金メッキのみに)
の影響かSA80よりも軽やかで華やかな音です。ですが一方でSA80GPにあった
存在感は薄れていますね。(好みの範囲といえばそうですが)
初期型とかいているのはSA80Ⅱは今現在も仕様が変えて作られているロングセラー
製品であり、一言SA80Ⅱといっても初期から最新のジュビリーまで、
たくさんの仕様があるからです。

初期型の特徴として、Low Cキー周辺の形状がSA80と同じ、
ネックのオクターブキーの形状がマーク7寄りと、
当初はSA80を値上げするために少し仕様を変えて再販売したと
言われるほどSA80と似た仕様です。
(大きな違いはHigh Fの変指キーが変わったくらい)
その後前述の仕様を含め少しずつメカニズムが変わったり簡略化されたりして、
今は同じSA80Ⅱでもまったく違う楽器となったわけです。

さて、話がそれましたが、
この時期の伊東さんの音色も実は好きだったりします。
SA80と比べて華やかでなおかつ柔らかく、
伸びやかな感じは非常にいい印象です。
メンバーもRoxyの時は色々あったらしく、
却ってそれがいい影響になった気がします。
その動画をあげておきます。



では今回はひとまずこの辺で、次回は1989年から
ソロ時代のあたりを取り上げたいと思います。
それでは、また会おうねぇ!
                 
    
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